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企画の立て方とはどうすれば良いのだろう? そもそも企画とは「やりたいこと」を達成する為にどのようにものづくりをしていくか、それが開発者全体に伝わるものであればいいのだ。全員を同じ方向に向かせるに足るものであれば何の問題もない。 しかし、企画を提案したときに「やりたいこと」が曖昧では、どのように考えていいのかは伝わらない。 「やりたいこと」からシチュエーションを取り除いた、本質もセットにして提示しなければ、それぞれの理解がバラバラになってしまい、一人ひとりの微妙にズレた解釈でものごとが進んでしまう。 具体的に言ってみる。 「やりたいこと」をマリオがクリボーを踏みつぶすことだとする。 ここからシチュエーションを取り除くと、キャラクターが敵を踏みつぶしたときの快感が残る。これが本質である。 今このチームの企画がうまく進まないのは、チームで守るべき「やりたいこと」であるところの核が何であるかがはっきりとしていないことが原因だ。 チームの全員で企画の核が何であるか、声を揃えて言えないのではないか。 やりたいことがいくつもありすぎて、厳正に吟味し削り取る作業を恐れているようにも見える。 「やりたいこと」を1つ決め、それをコンセプトとして、回りに肉付けしていく作業が必要だ。 ところが、まるで合わない二つのソースを混ぜ合せて牛肉や豚肉、羊、鶏、鴨の肉のいろんな部位や焼き方に掛けてみて、どれと合うかを食べ比べているかのようだ。 そうではなく、本来必要なのはそれぞれのソースがどんな味でそのソースにはどんな材料が配合されていて、どの材料をどのくらい混ぜ合わせたら、新しくて美味しいソースができあがるのかを調べてみる作業なのである。 そうやって出来上がったソースが、どの肉のどの部位のどんな調理方法に合うのかを探るのがゲーム制作におけるクリエティブ。 だからもう既にあるソースとソースとを混ぜてみるだけでは、全く以て見当違いではないのだろうか。 稲船塾ではゲーム制作までは行わないので、企画作りであるところのソース作りにだけ注力するので、まずはソースの成分を分解して一つひとつの材料がどんな味で、どの材料をどのくらい混ぜ合わせるかをじっくり考えてもいいのではないかと思う。 (でも企画作りはソース作りみたいなこと言ってるけど、本来の料理の創作ではソースを作ってからそれに合う料理を決めるなんてことしないんだろうなあ。書きながら気づいてしまったことだけど。) お次に癖の話。 無くて七癖なんて言葉もある。そしてこの言葉は、あって四十八癖と続く。 本当に僕はサボり癖の多い、ものぐさな人間だ。48なんてラインは、とうに超えているかもしれない。数えるのも煩わしい程の数だろう。 今回の稲船さんの話で、面倒くさい気持ちをコントロールしていき、ちょっとした面倒くささを乗り越えるという話があった。 なんと耳に痛い話だろう。 でもみんなそうだよね。やらなきゃいけないことは、やりたくない。やらなきゃいけないことを横に放置しての遊びは、なんと楽しいことだろう。やめるにやめれない。 けれど、稲船塾は一流のクリエイターを育成することが目的である。 そこは稲船塾に通う者として、あるいは通い終えた未来のことも考えて、今から身を引き締めていかなければと思う次第である。 そして今回気付いたことは、稲船さんの一流たる所以は少しの面倒くさいことを自分に課してストイックに生きることである。 だからとてもカッコよく目に映るのだ。 面倒くさいことを普段からよくできる人というのは仕事に手を抜かない。 その理屈はよくわかる。 ならばさらに一歩進んで、面倒くさいことができるキャパシティを生活の中から広げてしまおう。面倒くさいを面倒くさいと思わないライフスタイルを手に入れよう。 つまり今回の教訓は、面倒くさいこと諸々を自分の生活に取り入れて癖にまでしてしまおうとわけだ。 そして稲船さんによると、他人を気遣うこととは、面倒くさいを乗り越えることだそうだ。 近い将来、面倒くさいを乗り越えた僕は、他人を気遣うことを面倒くさいと思わず実行する人間で、ユーザーや開発者のことを気遣える、仕事を面倒くさいと思わないクリエイターになれるということだ。 自分の成長のさせ方だとわかると、少しの面倒という気持ちも手加減してくれるだろう思う。
by inafunejuku
| 2013-11-01 23:06
| 第五期
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